「共謀共同正犯」小沢氏起訴相当議決でどうしても付け加えたい視点
小沢氏に対して検察が再び嫌疑不十分で不起訴処分を下した。2度目の検察審査会の議決が注目されるわけだが、2度目の起訴相当議決が出れば瀕死の日本の民主主義は息の根を止められる。その理由は第一回目の検察審査会「起訴相当」議決要旨に如実に現れている。その理由をこれから書いてみたいと思う。
第一回目の検察審査会議決の不当さ加減には法律の専門家である郷原信郎氏が「検察審査会の「起訴相当」議決について...とんでもない議決、あぜんとした」で、 付け加えて強調しておきたいことはこの小沢氏に対する起訴相当議決の要旨に述べられている「共謀共同正犯」という概念がいかに危険なものであるかということである。
憲法学者上脇博之氏が「検察審査会の小沢一郎「起訴相当」議決には2度驚いた!」「小沢一郎「起訴相当」議決と自称「審査申立て人」についての追加的雑感」に的確なコメントを述べているので僕のような素人の多言は不用であろう。
そもそも共謀共同正犯という概念は刑法にも明文化されていない。
(共同正犯)刑法第60条 2人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。
(下線筆者以下同)
「実行」ですよ「実行」。しかし、実際に犯罪を実行しない黒幕的存在を処罰しないのは不当だ、「共謀」の事実があれば実行者と同じく黒幕をも正犯として処罰するのが妥当だ、ということで判例で認められてきたのが「共謀共同正犯」という判例法理である。明文法がなく単なる判例法理なので、共謀を認めるにあたっては誰がいつどこでどんな謀議を凝らしたかを明らかにする「厳格な証明」が以前は必要とされた。
「共謀共同正犯が成立するには、二人以上の者が、特定の犯罪を行うため、共同意思の下に一体となって互に他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議をなし、よって犯罪を実行した事実が認められなければならない。」最高裁大法廷判決(練馬事件)1958年(昭和33年)5月28日
「共謀は、実行行為に準ずる罪となるべき事実にほかならずこれを認めるためには厳格な証明によらなければならない。」新版刑法講義総論P457 大谷 實著
小沢氏の件でいえば小沢氏が大久保秘書や石川議員に「偽装しなさい」と指示した明白な直接証拠、つまりその指示のメモとか「小沢氏がそういう指示をしました」との当事者の供述だとか、「そう指示しているのを聞きました」という第三者の証言がなければ「共謀」の事実は「厳格な証明」に耐えることはできなかった。あの判例が出るまでは。
その判例こそが「共謀」の概念を「黙示的意思連絡があれば足りる」と一気にがばーっとおっぴろげた、上脇博之氏が「小沢一郎「起訴相当」議決が援用した「判例」とはこれか!?」で指摘したスワット事件(最高裁第一小法廷2003年(平成15年)5月1日決定)である。
今回の議決の要旨によれば
1 直接的証拠
(1)04年分の収支報告書を提出する前に、被疑者に報告・相談等した旨のBの供述
(2)05年分の収支報告書を提出する前に、被疑者に説明し、了承を得ている旨のCの供述
が挙げられているが、スワット事件以前の「厳格な証明」を求める判例法理では「被疑者に報告・相談した」「被疑者に説明し、了承を得ている」という事実では全然足りない。「報告、相談、説明、了承」の中身が「偽装を指示した」という内容だったことを証明する具体的な証拠こそが直接証拠であるべきなのだ。
もし、議決の要旨が言うように単に「被疑者に報告・相談した」「被疑者に説明し、了承を得ている」という事実を直接的証拠(この的というのも誤魔化しの雰囲気ふんぷんだな)といえるとすれば、これは「共謀」の概念を「黙示的意思連絡があれば足りる」へと拡充した、スワット事件の判例法理を根拠にしなければ成り立たないのだ。
そもそもこのスワット事件判例は「共謀」の概念を「黙示的意思連絡があれば足りる」ということにガバーッと広げたことで「共謀」の概念が広がりすぎると、法律「業界」では喧々諤々の物議を醸した判例だ。ただ「共謀」概念は拡げるけど処罰対象は暴力団組長に限定しますよというのが唯一の正当化の屁理屈だった。
そしてこの屁理屈判例を根拠にする限り検察が起訴処分を出すことはありえない。検察が再度不起訴処分にしたのはあったり前のコンコンチキなのだ。検察は「共謀共同正犯」の対象を反社会的な暴力団組長からいやしくも選挙で選ばれた国会議員に拡げることはできない。なぜなら屁理屈判例に拘束されるからだ。すると「共謀」には旧来の「厳格な証明」が求められる。そして「共謀」の事実を示す直接証拠、「偽装を指示した」ことを示すメモも供述も石川議員、大久保秘書の逮捕、強制捜査でも得られなかった。だから不起訴にせざるを得ない。
しかし、このスワット事件の判例が「共謀」の概念拡張の根拠にする、処罰対象の限定という縛りをいとも簡単に何の躊躇もなくぶち破ったのが、唯一の立法機関たる国会でも、最高裁判事でも、法務官僚でも、検察官でもなく、なんと、くじで選ばれただけの「善良な市民」11名と審査補助員の弁護士だったのだ!!ひょえー。甘く見てはいけない。この議決は実はものすごい破壊力を秘めているのだ。
そもそも刑法にも明文化されていない「共謀共同正犯」なるものが判例法理として認められて良いのか、「罪刑法定主義」に反するのではないか、ちゃんと法制化すべきではないのか、という議論はずっと前からあった。
しかし、法改正も検討されたがいろいろ揉めた末に日の目を見ず、その間、裁判所がせっせと裁判例を積み重ねて既成事実化してきたというイワクツキの判例法理なのだ。
改正刑法草案
1974年(昭和49年)5月29日、法制審議会総会で決定された改正刑法草案は、その27条2項に共謀共同正犯を定める。なお、改正刑法草案は、様々な批判にさらされたため、立法化には至っていない。
(共同正犯)
第27条 二人以上共同して犯罪を実行した者は、みな正犯とする。
2 二人以上で犯罪の実行を謀議し、共謀者の或る者が共同の意思に基づいてこれを実行したときは、他の共謀者もまた正犯とする。(ウイキペディア「共謀共同正犯」参照)
さらにあの悪名高き「共謀罪」が議論されたとき、共謀罪の賛成者が持ち出した屁理屈が「反対派のいう黙示の共謀の判例については、もともと、組員を支配して手足のように使いながら犯罪の実行には自ら加わらない組長を逮捕する法理として共謀共同正犯が発展してきた事を思えば、不当な拡大解釈とはいえない。それに、暴力団における、組長と組員の強固な事実上の支配関係を前提とした法理である事から、一般人への拡大は半世紀ほとんど行われていない。」(ウイキペディア「共謀罪」参照)といったものだった。この屁理屈、思わぬところから破綻しましたねー。困りましたねー。へへへへなどとせせら笑っていてはいけない。ここからが肝心。もう一度繰り返す。
最高裁や法務官僚が「「共謀共同正犯」の拡張概念は暴力団の組長を処罰するためだけに認めるんですう」とせこい言い訳をせざるを得なかった限界、刑罰権は謙抑的に行使すべしという憲法の理念や刑事司法の原則によってどうしても超えられなかった限界を、マスコミ報道を鵜呑みにして処罰感情で頭をぱんぱんにし、小沢を吊るせると舌なめずりをしている、くじで選ばれたたった11人の「善良な市民」と審査補助員の弁護士先生が一気に易々とぶち破ったということなのだ。そして暴力団組長から一般人へとがばーっと広がった「共謀共同正犯」の処罰対象に対して「最高裁も法務官僚も検察もできなかったことを、やってくれたぜ「善良な市民」はよお」と世論なるものが欣喜雀躍し、これこそ「善良な市民」の「民意」だと大手を振って賞賛するわけだ。「民意」さえあれば憲法理念も刑罰権行使の原則もへったくれもねえ、そんなもの犬にでも食われちまえということだ。
ここからは僕の憶測だ。これを、もし「黙示的意思連絡があれば足りる」とした判例法理によっかかって検察官が起訴したらどうなる?検察官が「共謀共同正犯」の対象者を勝手に拡大解釈したとの非難は免れない。だからどうしても「善良な市民」の「民意」が必要だったんだ。検察自体は無傷で、なおかつ「共謀共同正犯」の対象を一気に拡大するための力、それが「善良な市民」の「民意」の正体だ。再度言うがこれは僕の単なる憶測だ。しかもこの憶測を検証する術が全く無いというのもこの検察審査会制度の特徴だ。
そして、その先にあるのは何?ここからは僕の妄想だ。もし検察審査会が再度起訴相当議決を出したら強制起訴だ。しかし、まさか裁判所がこんな無茶な「共謀共同正犯」の対象拡張を認めるわけが無い?いやいやこれは民意なのだ。圧倒的多数の「世論」が支持する「民意」なのだ。裁判員制度も導入されたことだし、裁判員裁判でなくても「市民の目線」は大事なのだ。で、小沢氏は有罪判決?最高裁まで争って、やっぱりこれは圧倒的多数の「民意」だったてことで小沢氏有罪確定、議員失職?これは単なる妄想だけど、それにしてもこれってマジすんごくヤバクね。
国会議員は選挙で権力を信託されたこの国の国権の最高機関、唯一の立法機関の構成員だよね。それがくじで選ばれたたかだか11人の「善良な市民」と世論という曖昧な「民意」から始まって、準立法行為によって、国会議員が議員失職に追い込まれるんだよ。代表辞任とか幹事長辞任じゃないよ。役職辞任は本人が決断して決めることで誰かに強制されるものではない。議員辞職勧告決議だって国会でしかなし得ない。なのに、この「民意」が選挙で国会議員を失職させるならいざ知らず、検察審査会の議決を端緒に失職させる?これってまさしく憲法に規定された民主主義の死滅でないの。小沢氏が好きとか嫌いとかの価値判断以前の問題だ。刑事犯だから仕方がないなんて余裕かましていられるのか。「共謀共同正犯」の対象者が暴力団組長から国会議員に拡張された。次は・・・どの国会議員?次は一般市民?お前か?それとも・・・・俺か?!!
僕の妄想は止まるところを知らない。
とゆーことでそもそもこの検察審査会とかいう制度自体に重大な欠陥があるのではという疑いが起こってくる。そこで次回は検察審査会制度自体に批判の矛先を向けようと思う。
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