6月9日のエントリー「RNAウイルスの疾病に官僚が介入すると問題は極めて重篤化する。その3.口蹄疫の場合 赤松農林大臣はなぜ辞めたのか」で
宮崎の口蹄疫問題で抱く素朴な疑問。
1.なぜ、これほど被害が拡大したのか。
2.なぜ、あれほど大量な家畜が殺処分されなければならないのか。
という2点の疑問を挙げた。
1.について「農と島のありんくりん」というブログが丁寧にフォローされている。
特に「宮崎口蹄疫事件 その14 被災農家が受け取るべきなのは、「補償」ではなく、「賠償」だ!」というエントリーは実際に農業畜産を営む方の率直なそして理知的な怒りがひしひしと伝わる。口蹄疫をまじめに考える方々には必読のブログだと思う。
又、「池田香代子ブログ」「宮崎の家畜はなぜ殺される」からたどり着いた原田 和明氏による「宮崎口蹄疫騒動を検証する」も読み応えがある。第4回から以下引用
「自作自演の騒動に最初から翻弄されている農水省というお粗末な構図ならば、世界の口蹄疫封じ込めの経験と知識を持つFAOの専門家チームなど受け入れられるはずがありません。この仮説に矛盾はないのか、これからもう少し検証を重ねていきます。」
引用終わり
上述した「農と島のありんくりん」の「宮崎口蹄疫事件 その21 NHKクローズアップ現代「口蹄疫初動はなぜ遅れたか」を見て」ではイギリスの対応政策を評価しているが、僕は別の観点から非常にいやーな感じをうけた。巨大なブルドーザーで運ばれる大量の豚の死骸、焼かれ、埋められる現場の映像に、ホロコーストや日本での原爆投下、東京大空襲などで無造作に扱われた大量の死体を思い起こしてしまったからだ。そもそも、イギリスは肉骨粉を使った牛の共食いを推進し、BSEによる多大な被害を被った国である。
1998年頃「死の病原体プリオン」を読んで、BSEやクロイツフェルト・ヤコブ病に「共食い」という共通の原因があることを知り、当時猛威を振るっていたいわゆる職場のリストラも同じような「共食い」で、会社の脳のスポンジ化が進むのだろうな、との非常にいやーな感じを思い出してしまったからである。
それで、僕としては2.なぜ、あれほど大量な家畜が殺処分されなければならないのか、という疑問を追求してゆきたい。
まず、口蹄疫は伝染性が強い、感染した牛や豚は摂食や歩行障害を起こすので畜肉としての経済価値が失われる。だから患蓄や擬似患蓄は速やかに殺処分しなければならない。という言い分に対して。
口蹄疫非清浄国である中国での豚肉の生産高は世界トップである。又、牛肉についても中国はアメリカ、ブラジル、EUに次いで第四位、オーストラリアを上回る生産量を誇る。
「独立行政法人農畜産業振興機構 統計資料一覧」
主要国の畜産物概況 肉牛・牛肉(2009年)肉豚・豚肉(2009年)参照
(一番下のbeef2009 pork2009 エクセルファイルを参照してください)
口蹄疫非清浄国だからといって畜産が壊滅するわけではないのである。
それでは、なぜ殺しまくらなければならないのか?
法律上の根拠は
家畜伝染病予防法
(定義)第2条 この法律において「家畜伝染病」とは、次の表の上欄に掲げる伝染性疾病であつてそれぞれ相当下欄に掲げる家畜及び当該伝染性疾病ごとに政令で定めるその他の家畜についてのものをいう。
2 この法律において「患畜」とは、家畜伝染病(腐疽病を除く。)にかかつている家畜をいい、「疑似患畜」とは、患畜である疑いがある家畜及び牛疫、牛肺疫、口蹄疫、狂犬病、鼻疽又はアフリカ豚コレラの病原体に触れたため、又は触れた疑いがあるため、患畜となるおそれがある家畜をいう。
(と殺の義務)第16条 次に掲げる家畜の所有者は、家畜防疫員の指示に従い、直ちに当該家畜を殺さなければならない。ただし、農林水産省令で定める場合には、この限りでない。
1.牛疫、牛肺疫、口蹄疫又はアフリカ豚コレラの患畜
2.牛疫、口蹄疫又はアフリカ豚コレラの疑似患畜
前項の家畜の所有者は、同項ただし書の場合を除き、同項の指示があるまでは、当該家畜を殺してはならない。
家畜防疫員は、第1項ただし書の場合を除き、家畜伝染病のまん延を防止するため緊急の必要があるときは、同項の家畜について、同項の指示に代えて、自らこれを殺すことができる。
そして、これに違反すると刑罰の対象となる。
第6章 罰 則 第63条 次の各号のいずれかに該当する者は、3年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。
1.第13条第1項(第62条第1項において準用する場合を含む。)の規定に違反した獣医師又は所有者
そして、新たに定められた口蹄疫対策特別措置法では
(患畜等以外の家畜の殺処分等)
第六条 都道府県知事は、法第三章に規定する措置だけでは口蹄疫のまん延の防止が困難であり、かつ、急速かつ広範囲にわたる口蹄疫のまん延を防止するためやむを得ない必要があるときは、農林水産大臣が口蹄疫のまん延を防止するために患畜等以外の家畜の殺処分を行う必要がある地域として指定する地域内において都道府県知事が指定する家畜(患畜及び疑似患畜を除く。)を所有する者に、期限を定めて当該家畜を殺すべきことを勧告することができる。
2 前項の勧告を受けた者が当該勧告に従わないとき又は家畜の所有者若しくはその所在が知れないため同項の勧告をすることができない場合において緊急の必要があるときは、都道府県知事は、家畜防疫員に当該家畜を殺させることができる。(下線筆者)
と規定され、患蓄、擬似患蓄以外もいくらでも殺処分ができるようになった。
なぜこれほど殺戮を拡げなければならないのか?これらの法律を成立させるための根拠は何か?ということについて僕はOIE(国際獣疫事務局)のRecovery of free status (清浄地位の回復)の条件が決定的に重要だということを示した。
すなわち、清浄地位の早期回復にはOIEの定めるstamping-out policy、いってみれば「皆殺し政策」を踏襲し、緊急ワクチン接種をした場合にはワクチン接種をした家畜を全て殺処分しなければ3ヶ月の待機期間では済まないということが重要だと指摘した。
(OIEの条文については鹿児島大学獣医公衆衛生学教授 岡本嘉六氏が「口蹄疫に関する陸生動物衛生規約の条項」において翻訳をされているので、僕の拙い翻訳よりもこちらを参照願いたい。又、岡本教授による口蹄疫情報Foot-and-mouth disease (FMD)も専門的見地からの豊富な情報が満載されているので是非ご参照ください)
さらに、OIEは清浄国、清浄地域について
1.FMD free where vaccination is not practised(緊急時以外ワクチン接種をしていない清浄国)
このリストは2010年5月に改定されたものなので、もちろん日本の名前は無い。日本が多くの食肉を輸入しているオーストラリア、USAなどはこのカテゴリーに含まれる。
2.FMD free where vaccination is practised(ワクチン接種をしている清浄国)
これはウルグアイのみだ。
3.FMD free zone where vaccination is not practised(緊急時以外ワクチン接種をしていない清浄地域)
このカテゴリーには世界でも有数の牛の産地アルゼンチン、ブラジルの特定の地域が含まれている。
4.FMD free zone where vaccination is practised(ワクチン接種をしている清浄地域)
このカテゴリーにはアルゼンチン、ブラジルのより多くの地域が含まれている。
以上4つのカテゴリーを設けているにもかかわらず、日本政府は1.の「緊急時以外ワクチン接種をしていない清浄国」への復帰にこだわるのかという疑問を掲げ、それは畜肉の輸出よりも輸入が問題になり、日本が「緊急時以外ワクチン接種をしていない清浄国」へ復帰できない場合、他のカテゴリー国、地域からの輸出圧力が強まる、結果豚、牛共に日本への大きな輸出シェアを占めるアメリカの怒りを買うことになるからではないかという推論を述べた。
上記の推論を裏付けるデータを以下いくつか提供してゆきたいと思う。
OIEリスト「緊急時以外ワクチン接種をしていない清浄国」65カ国
家畜伝染病予防法施行規則(輸入の禁止)第43条で対象外となっている国41カ国(内2カ国は清浄国以外リヒテンシュタイン、北マリアナ諸島)
2009年牛肉輸入対象国7カ国
2009年豚肉輸入対象国20カ国(清浄国以外、タイ、韓国含む)
清浄国、輸入国突合せリスト参照(OIEリスト、家畜伝染病予防法施行規則、財務省貿易統計より筆者作成)(一番下のtukiawase エクセルファイルを参照ください)
実際の輸入国はぐっと絞られている。この絞りはだれがかけているのか。
日本の輸入対象国は農水省で決めている。国会会議録検索システムより2000年の口蹄疫後の農林水産委員会で下記のような問答がある。以下引用
参 - 農林水産委員会 - 5号 平成13年03月22日
○風間昶君 ありがとうございます。
話題を変えまして、口蹄疫についてちょっとお伺いしたいんですけれども。
どうもマスコミ報道が、過大報道もあるわけでありますけれども、いずれにしても、イギリスを中心として被害が拡大してEUにも大きな影響を及ぼしている。じゃ、我が国に対してはどうなのか。きょうちょっと新聞記事にも出ておりましたけれども、食品はオーケーで、化粧品はだめだと。牛や豚の胎盤から出るやつですけれども、ちょっと新聞報道もありましたが。
まず、禁輸地域の拡大についてどう考えているのかが一つ。
○政府参考人(小林芳雄君農林水産事務次官) まず、私の方から今の禁輸の状況等について御説明申し上げます。
御承知のように、口蹄疫につきましては、これは従来から南米とかそういったところでも結構発生しております。そういう中で、いわゆる清浄国ということで認められている国は、OIE、国際獣疫事務局でいきますと大体五十カ国、その中で、私ども現在清浄国として日本として認めている国は二十九カ国でございます。(下線筆者)
もう一つOIEの日本代表は農水省、消費安全局の衛生管理課長らしい。(OIEとBSE関連の国際基準について)
財務省貿易統計から作成した「牛肉豚肉輸入推移」(筆者作成)からは面白いことが判る。
(一番下のsuii エクセルファイルを参照ください)
牛肉については08年から09年にかけてアメリカからの輸入が顕著に増加、逆にオーストラリアからの輸入は減っている。100g単価が高いにもかかわらずだ。
なおかつOIEのBSE清浄国リストを見ると
free from BSE Australia, Argentina, New Zealand and Uruguay.
provisionally free from BSE Chile, Iceland, Paraguay and Singapore.
となっている。なぜBSE清浄国のオーストラリアからの輸入が減ったのだろうか。
豚肉については豚インフルエンザの影響もあり輸入量全体が減少しているがアメリカはシェアはキープしている。なおかつ、輸入豚肉の100g単価は輸入牛肉の100g単価よりも高い。
日本国内の高い牛肉価格を基準として、アメリカも日本の輸入業者も小売業者も高い利益率を維持している構造が透けて見える。
さらに過去のBSE、口蹄疫が問題になった時期の議事録を「国際獣疫」で検索してみると、必ず農水省の官僚がその基準などを答弁している。
しかし、今回の口蹄疫問題で検索するとたった1件だけしかも自民党議員が2000年の実績を誇る言葉に出てきているに過ぎない。以下引用
「衆 - 本会議 - 33号平成22年05月31
日○小里泰弘君 自由民主党の小里泰弘でございます。
自民党農林部会を朝昼晩と毎日開催し、悲壮なまでの激論を交わし、関係者一丸となって臨んだこのときの初動防疫は、OIE、国際獣疫事務局により、日本の畜産、獣医の底力が世界に示された快挙、関係機関一体となった対応は世界に類を見ないと、極めて高い評価を得たのであります。」
引用終わり
しかも特別措置法についてはろくな議論もされないまま決まっている。とにかく現状の感染拡大を抑えるために、この特措法の背景も、国家としての方向性も、畜産における国家戦略も何も官僚から知らされずに、ただただあわてて特措法成立に急いだ雰囲気が濃厚である。
午後3時1分休憩直前
以下引用
「衆 - 農林水産委員会 - 14号 平成22年05月26日
特措法の必要性について
○赤松国務大臣 これは与野党間で協議をされているということで、その協議の最中で、まだ結論はどうなったかも聞いていませんので、そういう段階で、ここは必要だ、ここは必要じゃないとかいうのはいささか問題があるんじゃないかと思います。
しっかりと委員の皆さん方が、今の制度、法律の中ではここが足りないんだ、ここを補強しなきゃだめなんだということを議論していただくことは大変ありがたいことだと思っておりますし、その中身が合意のもとにもし出されるということであれば、それは決して否定するものでもない。むしろ、私どもがそれでよりやりやすくなれば、歓迎すべきことだというふうに思っております。」
引用終わり
赤松大臣はこの時点では特措法については知らない。しかし約4時間半後
7時40分開議以下引用
「○筒井委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
この際、口蹄疫対策特別措置法案起草の件について議事を進めます。
本件につきましては、理事会等において協議いたしました結果、お手元に配付いたしておりますとおりの起草案を得ました。
○筒井委員長 起立総員。よって、本案は委員会提出の法律案とするに決定いたしました。
なお、ただいま決定いたしました法律案の提出手続等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕」
引用終わり
という形で衆議院農林水産委員会であっという間に可決されている。
参議院ではたった7分間だ。以下引用
参 - 農林水産委員会 - 10号 平成22年05月28日9時1分開議
○委員長(小川敏夫君) 以上で本案の趣旨説明の聴取は終わりました。
これより質疑に入ります。──別に御発言もないようですから、これより討論に入ります。──別に御意見もないようですから、これより直ちに採決に入ります。
口蹄疫対策特別措置法案に賛成の方の挙手を願います。
〔賛成者挙手〕
7分間」
引用終わり
東国原知事は自らのブログ5月25日付け「家伝法及びガイドライン」でこう述べている。
以下引用
「どうも、現行の法に忠実にということである。 種雄牛49頭については、国はPCR検査・抗体検査等はしてくれないであろう。何故なら、疑似患畜同一農場と見なされているからである。そもそも、飼養管理者が同一の場合、農場が離れていても他の農場の牛豚も全て疑似患畜とされること自体が些か疑問である。」
引用終わり
まさしく、なぜこれほど殺さなければならないのか、その根拠を知らされていないことを自ら吐露しているのである。
僕の推論をまとめてみる
口蹄疫の発生からの初動が遅れたのは2000年の経験に寄りかかって県や国の官僚がRNAウイルスを甘く見た可能性が高い。
又、農水省の官僚は口蹄疫の拡大により民主党にダメージを与えられるという「未必の故意」があったのではないか。それゆえ、赤松前大臣に重要性を進言せず外遊へ誘ったのではないか。
そして、予想外の感染のスピードと広がりに、これも大臣や知事さらには殺処分の対象となった畜産家に対しても、ろくな説明をせずに、法を盾にするだけの強攻策に突っ走ったのではないか。特措法をスピード成立させたのではないか。
日本の畜産のあり方、貿易戦略は規定のまま、アメリカの権益は所与の前提で、しかもそのことはおくびにも出さず、大臣、議員、知事、畜産農家をたばかりながら強攻策を進めているのではないか。
赤松前大臣が辞任したことにより、民主党内閣は農水省の力、官僚クーデターの恐ろしさを思い知ったのではないのか。
以上は全て官僚クーデターの間接証拠、状況証拠から導いた僕の推論に過ぎない。もし、僕がプロのジャーナリストならばこのような推論をもとに実際の取材を進めるだろう。しかし、今の日本のジャーナリズムにそんなことを求めるのはないものねだりなのだろうか。
以下毎日新聞より引用
口蹄疫:20日までに処分終えるめど立つ 官房長官報告
仙谷由人官房長官は14日午前、首相官邸で開かれた口蹄疫(こうていえき)対策本部の会合で、宮崎県内で感染が確認されたり、感染の疑いのある牛や豚(感畜・疑似感畜)について、20日までに処分を終えるめどが立ったと報告した。内閣官房によると、感畜と疑似感畜計20万頭のうち、これまで約17万頭を処分したが、3万頭は処分の見通しが立っていなかった。
菅直人首相は対策本部で「九州全土に広がるか広がらないかの瀬戸際だ。どーんと人を派遣したい」と述べ、防疫や牛・豚の埋却処分に携わる警察官や自衛隊員の増派を検討する考えを表明。その上で、感染拡大防止を第一に全力で取り組み、経営再建にも国が責任を持って支援する▽国、県、市町が役割分担し作業を進める--ことを指示した。
現地には、既に警察官、自衛隊員がそれぞれ約300人規模で派遣されているが、首相は12日の宮崎県視察を踏まえ「現地からすると『何でもっと来てくれないんだ』とやり場のないいらだちを、強く国に向けて言われた」と説明した。【青木純】
毎日新聞 2010年6月14日
引用終わり
殺処分や埋却処分が終われ全て終わりという能天気な調子。何が「どーんと人を派遣したい」だ。まったくことの本質を理解せず、畜産農家の悲しみに思いをはせることもなく、調子よく「どーんと」だって。すっかり官僚の手玉に取られてずいぶんご機嫌のようだ。その能天気さに虫唾が走る。おまけにこの記事、患畜を感畜と間違えてやがる。せめて菅畜にしておけばまだ良かった。菅畜生め。もとい、こん畜生め。