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2010年6月29日 (火)

消費税増税、法人税減税は少数者の生存権の問題だ。

フランスで新自由主義に親和的な政権が、新規雇用の若者を好き勝手に解雇できる初期雇用計画(CPE)を導入しようとしたとき、フランス全土で若者のみならず老若男女が立ち上がりデモ、ストライキによってこれを撤回させた。誰も若者を見捨てようとはしなかった。自らが選択した政権でも、若者の雇用を破壊する公権力の行使には断固として反対する。なぜか。憲法の理念がその連帯と団結の結節点、共通言語だからだ。(フランス ジュネスの反乱―主張し行動する若者たち 参照)

北欧諸国でも右派政権は誕生する。しかし、その強固とした福祉政策は崩壊しない。なぜか。国民に対しての憲法理念、民主主義、そしてその観点からの歴史教育が徹底しているからだ。それぞれの国民が自ら憲法を解釈し、日常会話において、その観点での政治に対する議論が当たり前となっているからだ。

デンマークでは国民の国王に対する敬愛の念は深い。自分自身の誕生日、結婚記念日には国旗を掲揚する。集会では必ず国家が歌われる。徴兵制もある。外形上は、まさに右翼垂涎の国家だ。

デンマーク国王は第二次世界大戦前に自ら立憲主義の導入に尽力した。ナチス侵攻の際には国王自らがレジスタンス闘争を国民に呼びかけた。

デンマークの国民は憲法の理念を共有している。そしてその理念に基づき打ち立てた自らの国家に、その民主主義の真髄に強い誇りを抱いている。自らの国を自らの意思で守る。その礎を築いた自らの国王に対して深い尊敬の念を持っている。(なぜ、デンマーク人は幸福な国をつくることに成功したのか どうして、日本では人が大切にされるシステムをつくれないのか 参照)

そのような国民に応援されるサッカーチーム。たとえそのチームが負けたとしてもデンマーク国民の愛国心、自らの国家に対する自信と誇りは微動だにしない。かたや、立憲主義を教わることも無く、国民の連帯が自己責任論でずたずたにされたわが国の偽りの愛国心など、ワールドカップが終わればあっという間に商業主義のかなたの泡沫として消えてゆく。残るのは少数者に対する、弱者に対する差別と迫害、公権力に分断され破壊しつくされた連帯の残瑳である。

人権、反差別、護憲を掲げる市民運動なるものこそが、市民の分断を促進する。なぜか。何よりも公権力に対峙するという意識が希薄だからだ。公権力に対峙するために連帯を紡ぎだすという理念が上滑りだからだ。公権力に対峙するよりも差別意識や反人権意識を持った一般私人を敵と見なし攻撃するほうが容易いからだ。鼻持ちなら無い優越感を味わえるからだ。

「憲法9条を護りましょー」とゆるい集会やデモで気勢を上げて、憲法の条文変更を拒絶しても、憲法は国民精神の血肉とはならない。

幸か不幸か、すでに時代は余裕のある高齢者、60年安保闘争世代、70年代全共闘世代の趣味でやってる市民運動ごときでは、救うことのできないぎりぎりの局面に至っている。    

まさに命を救うか、見殺しにするのか、その観点での憲法25条と9条の僕ら独自の解釈が求められている。現に死んでゆく国民を見殺しにしても高額な兵器に金を注ぎ込み、米軍の他国侵略のための兵站機能を担い続けるべきなのか。生命、身体、財産という基本的な権利を侵害され続け基地負担を押し付けられる沖縄県民を見殺しにするのか。

裁判官は言う。生存権の保障は行政裁量にゆだねるべきだと。国に金が無ければある程度の国民が見殺しにされても止むを得ないと。憲法学者は裁判官の判決を基にプログラム規定説がどうのこうのとへ理屈を書き散らす。

 憲法の解釈は学者にお任せすべきものではない。まして、公権力を担う法務省官僚や裁判官の専権事項などでは、断じて無い。僕らは日々接する日常から独自の憲法解釈を、僕ら自身の解釈を持つべきなのだ。そして、金持ちも貧乏人も中間層も憲法を共通言語として、公権力のあり方を監視、批判すべきなのだ。メディアが公権力の監視、批判をちゃんとやってるのかという観点でメディアの価値を、視聴、購読する価値があるかを判断すべきなのだ。

正当な選挙で選ばれた国民の代表が多数決で法案、予算案、の審議議決、条約案の承認を行うのが日本の民主主義だ。しかし、どんなに多数者が肯定していても、それで少数者の生存権が脅かされて良いということにはならない。なぜか。たとえ多数意見であってもこれをやっちゃあお終いよという根本規範が有るからだ。底支えがあるからだ。それが公権力の行使を制限する根本規範、主権者による公権力への命令書、立憲主義に基づく憲法だ。

だから、憲法は少数者の最後の砦である。

それでは、少数者は、文句があるときは憲法訴訟で闘うしか術が無いのか。これも否である。憲法は全ての国民の連帯の結節点、共通言語だからだ。国民全てが、税金で禄を食む者全てを監視し拘束する根本規範だからだ。

 民主党がやろうとしている税制改革、消費税増税と法人税減税はまさに少数者の生存権にかかわる問題だ。非正規雇用者三十数パーセントのうち、家計そのものを非正規雇用で担っている、いわゆるワーキングプアの人々、生活保護費以下で生活している人々はもっと少数であろう。勤労世帯のみではなく、日本国民全体を視野に入れればその割合はもっと減る。

 その少数者を見殺しにして良いのか。それは日本国憲法の理念に沿ったものなのか。

 まして、日本の国家財政の世界での優位性、個人金融資産、貿易黒字がたっぷりあるという優位性を破棄してまで、消費税増税と法人税減税により日本独自の内需振興と財政再建のチャンスをみすみす捨て去ろうとする財務官僚およびその傀儡政権に堕してしまった民主党。これこそが憲法で制約されるべき公権力、徹底的に批判監視されるべき公権力ではないのか。

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