経済・政治・国際

2010年9月 5日 (日)

小沢氏がスパモニで雇用規制の修復に言及したことを素直に喜びたい。僕が考える小沢氏と菅の決定的な違い。雇用規制の修復。

僕の周辺ではまた、店がつぶれた。街中の建物の1階が全部空きテナントになってしまった。

まだ元気で若い生活保護受給者に、ハローワークで提示される仕事。月十万円くらい、しかも3~4ヶ月の期間限定。それでもましな部類。年齢制限、男女不問の条件のはずが先方に連絡をとると年齢を言っただけでだめ、性別を言っただけでだめ、給料は実は歩合制。

こんな話は嫌というほど聞かされる。

この酷暑のなか、車の保有を認められない生活保護受給者は徒歩、自転車でハローワークに通う。建物の中に入りきらない求職者の群れ。端末の空きを待つためにのみ1時間以上炎天下で待った挙句の仕打ち。

どれほど公共事業で金をつぎ込んでも、末端の雇用者に金が回らなければ、今の需給ギャップは埋めることができない。
末端の壊死しかかっている組織に金という血液を循環させるためには雇用規制の破壊という血栓を取り除かなければならない。
どれほど子ども手当て、保育所の完備をしても若者達にまともに食える所得と安定した将来展望が無ければ少子化の進行を止めることはできない。

僕は雇用規制の修復は日本経済の復活のためにも、絶対不可欠だと考えている。

小沢氏はスパーモーニングではっきりと雇用規制の修復について言及している。
http://www.youtube.com/user/6chama#p/u/3/45EOlYwc3HA

菅は参議院選のマニュフェストから雇用規制修復の項目を削除した。
「一に雇用、二に雇用、三に雇用」というが雇用規制の修復には言及しない。現に公言している対策は、企業の鼻先に金というニンジンをぶら下げること。企業しか視野に入っていない。

小沢氏が雇用規制の修復に言及したことを素直に喜びたい。

2010年9月 1日 (水)

あんたらにはたっぷり税金注ぎ込んでいるんだから、ちっとは外野の野次馬も楽しませてくれたまえ。菅君。Please please me

昨日の夜、俺はあんたにいろいろ教え込んだよな、ネエチャン
だけど俺はあんたが全然やろうとしなかったことは知っているよ、ネエチャン
おら おら おら おら
俺があんたを楽しませたように今度は俺も楽しませてくれよ

お前が俺にやり方を教える必要なんてない
なんで俺がいつも愛を口にしなくちゃならないんだ
おら おら おら おら
俺があんたを楽しませたように今度は俺も楽しませてくれよ

俺は文句を言いたくはないが、俺の心がいつも雨でびしょびしょだと知ってるだろう
俺はお前を楽しませるためにあらゆることをするが、お前に道理を理解させるのはほんとに難しいよな
何でお前はそんなに俺を憂鬱にさせるんだ

昨日の夜、俺はあんたにいろいろ教え込んだよな、菅君
だけど俺はあんたが全然やろうとしなかったことは知っているよ、菅君
菅がきた、菅が上がった、菅にスイッチが入った、菅は晒し者だ
俺があんたを楽しませたように今度は俺を楽しませてくれよ

Last night I said these words to my girl,
I know you never even try girl,
C'mon (C'mon) C'mon (C'mon) C'mon (C'mon) C'mon (C'mon)
Please please me, whoa yeah, like I please you

You don't need me to show the way, love
Why do I always have to say "love?"
C'mon (C'mon) C'mon (C'mon) C'mon (C'mon) C'mon (C'mon)
Please please me, whoa yeah, like I please you

I don't wanna sound complaining,
But you know there's always rain in my heart (in my heart).
I do all the pleasing with you it's so hard to reason
With you, whoa yeah, why do you make me blue?

Last night I said these words to my 菅,
I know you never even try菅,
菅on (菅on) 菅on (菅on) 菅on (菅on) 菅on (菅on)
Please please me, whoa yeah, like I please you

2010年8月26日 (木)

DAYS10,000人キャンペーン

******DAYS10,000人キャンペーン***************************************

DAYS JAPAN定期購読者
DAYS史上未踏の10,000人まで
あと137人!

ちょうど1年前の今頃、DAYS JAPANは大きな分かれ道にさしかかっていました。
定期購読者数は6000人に満たず、経費はかさみ、数々の主催イベントでの支出は避けられず、
試行錯誤・自問自答ばかりで解決策を見いだすことができず、状況は改善の兆しを見せぬまま、
このままでは雑誌の存続が危ういということが ついに浮き彫りになりました。

そして、内情をありのままに訴え、 雑誌存続を読者のみなさまに訴えるという、
従来ではあり得ないキャンペーンが、2009年9月開始されました。

「DAYS存続キャンペーン」
このキャンペーンで、多くの方が新しく定期購読を開始してくださり、
定期購読を中止されていた方がもう一度雑誌を手に取って下さいました。
そして、声が声を呼び、読者の働きかけがムーブメントとなり、

1冊の雑誌が存亡の危機を脱するという前代未聞の結果となったのです。

DAYS JAPANの購読者数はここに来て、

創刊より一度も手の届かなかった数字を目前にしています。

<10,000人>

現在の定期購読者数は9,863人 。
あと137人で、DAYS JAPANの購読者数は5桁の大台に突入します。


これはただの数字ですが、

毎月DAYS JAPANを読んでくださる人がこれだけいらっしゃるということは、
とてつもなく大きな指針であり、かけがえのない価値を持つものです。
10000人という購読者を持つ雑誌は世にもまれであり、

ほとんどの雑誌が今も書店での販売に重きを置いて、

売れる雑誌の為の誌面づくりに頭を悩ませています。

DAYS JAPANは楽しく片手間に読める雑誌ではなく、一般的に売れる雑誌とは言えません。
時には目を覆ってしまいたくなるような現実を突きつけられ、
落ち込んだり、苦しい気持ちになってしまうという読者も多くいらっしゃいます。

それでも、希望が確固としてあるように、虐げられる人々の声はかき消されるばかりだという現実は厳然として消えることはなく、
DAYS JAPANはその声をこそ伝えることを使命と考えています。

そしてその声を受け止めて下さる方が、今過去に到達したことのない数字となって表れていること。

10,000人

DAYS JAPANはあと137人、10,000人の購読者を目指します。
どうかみなさまにも大きく呼び掛けて頂きたいと思います。

●現在DAYSお友達紹介キャンペーンを行っています。
https://sv62.wadax.ne.jp/~daysjapan-net/kikaku/friend.html
こちらでは専用メーラーを使って友人や知人の方々宛に
DAYS JAPANの紹介をしていただけます。
ぜひ使って下さい。

●DAYS JAPANの定期購読はこちらのフォームから簡単にお申し込み頂けます。
https://ssl.form-mailer.jp/fms/666e4f6779585

そして、また、
●この文章をどうぞ多くの方にお知らせ下さい。

●購読を終了される方へは、どうか購読の継続をお願い致します。
(購読の継続をお願いするお電話をさせて頂いております。)

●定期購読料金自動引き落としをおすすめ致します。

毎年の更新手続きが、負担になるという方へ、定期購読代金の自動引き落としをおすすめしております。

ご希望の方は、

kikaku@daysjapan.netまたはFAX03-3322-0353

宛に「自動引き落とし希望」の件名にて、お名前、ご住所、お電話番号をお知らせ下さい。お手続き用紙とご案内をあわせてお送り致します。

DAYS JAPANはまだまだ「知る人ぞ知る」という域を脱せずにいます。
「存続」に脅かされ、そのためにがむしゃらになるのではなく、
もっと大きなステージで、もっと多くの方がDAYS JAPANを知るようになった時、
DAYSの伝える内容は、今よりも大きな意味を持つようになります。
ただ現状を伝えることを目指すのではなく、
現状を変えていくエネルギーを生みだすことを目指しています。
DAYS JAPAN史上未踏の定期購読者10,000人を目指し、
踏み出す新しい一歩にどうか力を貸して下さい。

長い文章をお読みくださいましてありがとうございました。

2010年8月13日 (金)

日本国債の95%が国内調達だと理解している人は日本脱出を真剣に検討している!?

また、ブログをぼちぼち書いてゆきます。13日の金曜日に再開とは幸先の良いことで。よろしくお願いします。

円高、株安でざわついており、民主党の無策、日銀の無策に批判が出るでしょうが、財務省が実権を握っている限り、どの政党が政権とっても同じ。内需の拡大に繋がる政策を直ちに実行に移してゆかなければ、日本はアメリカと心中し、日本だけが死んでしまうことになる。

パソコンも無く、夜な夜な居酒屋談義に花を咲かせる生活を送って、テレビをほとんど見ないという、若干浮世離れした生活を送っていた。新聞も実家で取っている地元紙は町内会の回覧板レベルの代物で見出しをさっと見る程度。
日ごろ、職場と反貧困ギョーカイを行き来して、かなり偏りのある人間関係から、一時離れ、親類やら、高校時代の友人やら、地元の変人やらと旧交を温めるのは楽しいものだ。
40代後半ともなると、病気のこととか、子どもの進学や就職のこととか、仕事のこととか雑多な話題で盛り上がるのだが。
ということで、リハビリを兼ねて、今日は雑多な適当な内容になりますのでご勘弁を。

親父はとっくにあの世に逝って、親父の死んだ歳まで、僕も、あと10年を切った。日本が良くなる姿を見ることは生きているうちには無理なのかな。
しかし、親父が死んでも、趣味のサークルだのボランティアだのに精を出し、ったく、癌の大手術をして、生死の境をさまよったくせに、5年生存率?そんなものとっくに超えて、元気でうるっさい。いい加減に子ども扱いはやめろ。お袋。

女は強いというのは実感する。親類でも男はみんな早死にで連れ合いは元気溌剌で生きている。亭主早死に年金で良い。
女性の平均寿命が男性よりも高いのには納得だが。平均寿命自体は微妙に信憑性が薄れている。

生死不明の高齢者がたくさんいることが話題になった。
実は日本の平均寿命は嘘っぱちでもっと低いのでは?100歳以上を確認しているが、80代、90代を確認すればもっといるんでないの。実は人口だって身元不明の死亡者と所在確認をしていない高齢者をきちんと把握すれば、もっと減るんでないの。こんな基本的なデータをまともに取れなくて、これからの年金や高齢者福祉の計画なんて建てられっこないじゃん。ああ、そんなこと、はなから国はする気がないよな。俺達が爺さん婆さんになる頃には、年金も破綻、健康保険も破綻、金もっていなければ人間の屑扱い、さっさと死ねってところだよな。わっはっは。

しかし、俺達の上の世代、団塊の世代が一番腹立つよな。60歳で定年迎えているのにまだ会社にしがみついているんだぜ。65歳の年金支給まで、年収180万、200万でも働いて、後輩へのノウハウの伝承などといいながら、全く何も教えずに抱え込み、若者の職場を奪っている。会社も情けないよな、教育する手間が省ける、安く使えるってんで、老害撒き散らす輩を唯々諾々と雇っている。奴らが死んだ後はぺんぺん草も生えない不毛地帯だ。そして奴らのガキども、団塊ジュ二アが貯金を相続して、また金を溜め込むという算段だ。俺達団塊と団塊ジュニアに挟まれた世代が一番割りを食うってことだ。

いやいや、今の若者が一番割りを食っているんでないかい。
そうだそうだ。

だけど、今の若い奴らもとんでもないぞ。ろくにヒトの話も聞かない、叱れば逆切れするし、強く指導するとパワハラだといわれるし。
お前、強い指導って、前みたいに、机蹴っ飛ばしたり、頭ひっぱたいたり、怒鳴りつけたりしてんだろ?それはお前が悪い。
いやいや、ほんとにろくに挨拶もできない奴が多くて。
それは会社の採用方針が悪い。まあ飲め。って、お前なにビールで薬飲んでるの。
いや、飯食ったから食後の服用だよ。
いや、なんの薬飲んでるの。
血圧高くてさ。
大丈夫か、ビールで血圧の薬飲んで。
いまさら、お冷頼んだってしかたねーだろう。

相変わらずの不景気である。仕事の話で盛り上がることは少なく、しょぼい話が続くのだが、大体が世間の金回りがますます悪くなっているという実感は共有されている。
国の借金が増えているということは、金融機関の金を貸す先が国しか無いということだと理解している人は、仕事をしている人の間ではほぼ常識だ。
これほど国の借金が増えても、国債に対しての信用は磐石で長期金利が1%を切ったと理解し、借金の多さよりも、国以外に有利な投資先が無いことを問題視する人は結構いる。
翻って、菅首相のギリシャを引き合いに出して、日本の財政危機を煽る与太話を信じているのは、仕事をしていない、テレビが主な情報源のご老人に多い。

この先、国が緊縮財政に走ったとして、有り余る貯蓄は国債以外のどこに流れるのだろうか。
行き場を失った金はバブルを発生させるという意見。何の実態的な裏づけも無い、詐欺的現物商品や詐欺的金融商品に金が流れ込みバブルを起こしてあっという間に破裂、高値で売り抜けなければ破滅するというシナリオ。
そんな博打に手を出す勇気が今の金融機関にあるのか?ということで、無い無いとみんなで一蹴。

今は生贄を捧げる前の禊の時期。選挙で大敗した民主党がなんで居座ってる?さっさとみんなの党に政権渡せっての。9月の民主党代表選挙?俺達には関係ないだろう。それまで居座ってやつら何していると思う。アメリカ様にご献金するため貯金を氷付けにしてるんだよ。財政赤字を減らして、その金はどこに行く?この国に行き先なんて無いんだよ。あとはアメリカ様に召し上げられるだけさ。
げー。お前みんなの党支持してるの?そのほかは大体同意するけどねえ。アメリカ様にご献金したいのはみんなの党もおなじじゃん。
だーかーらーさっさと献金してすっきりすれば良いんだ。どこがやっても同じだよ。

いや、このまま、国債以外の投資先が見つからないなんて状態が続いたら、貨幣循環が滞るどころの話じゃない。停止するぞ。俺はこの先健保組合がやばいと思う。この先、まともな医療なんて受けられなくなるぞ。いくら金もっていたって、ぶっ倒れたら近くの病院に搬送されて治療を受けなければならない。搬送されるだけまし、ってことにもなりかねない。そして、金持ってても、変な病院に連れ込まれたらぶっ殺されて終わりだぞ。俺は、もう日本から脱出しようと思ってる。
えー?どこに行くんだよ。アメリカ?
お前馬鹿か。地獄から地獄へ行ってどうする。カナダが狙い目かな。
ああ、お前、英語もフランス語もできるからな。
お前らも真剣に日本を逃げ出す算段をしておいたほうが良いぞ。まあ飲め。
ぐへー、おれもうお腹一杯。

2010年8月 2日 (月)

虐待の背景には貧困問題がある。自殺の背景には貧困問題がある。犯罪の背景には貧困問題がある。なぜ目をそらすのか。なぜ激昂するのか。異常な行動を非難する人々の精神病理にもっと光を当てるべきではないのか。

今日から10日間ほど夏休みに入りますのでブログはしばらくお休みにします。

虐待の背景には貧困問題がある。自殺の背景には貧困問題がある。犯罪の背景には貧困問題がある。
僕の周りの反貧困ギョーカイでは通説なのだが、この通説をうっかり口に出すと激昂する輩がたくさんいる。
リストラに勝ち抜き悠々自適の勝ち組団塊世代、全共闘世代にこのむかつく人種が多い。下手に反論しようものなら若造!?(もう40代後半ですぜ、あたしゃ)呼ばわりされて罵倒されるのだが、あの怒りの背景には何があるのだろうか。
若い人々にはえらく自尊感情を喪失している人がたくさんいる。自己責任の罠に嵌って、全く労基法を逸脱した労働条件も唯々諾々と従い、不思議と怒りの表出は無い。しかし、虐待、自殺、犯罪に対しては極めて冷徹な反応を示すものも多い。

なぜ、極当たり前に感得できる根本原因、貧困化という問題から簡単に目をそらすことができるのだろうか。

官僚を源とするメディアの情報操作、情動面に訴えるテレビの報道が大きく影響していることは間違いないのだが、それだけでは説明できない、受け手の激情、もしくは冷淡さの背後には何があるのか。

真に邪悪な人々というのは間違いなく存在する。主に精神病の臨床や心理臨床、犯罪心理学からその実態は明らかにされてきた。また、脳の器質的な異常と精神障害の相関関係も明らかになってきた。しかし、社会の権力者、平常に暮らす普通の人々についての心理的病理についてはあまり語られることがない。

97年の消費税増税、98年の極端な財政赤字の増大と、それにもかかわらず継続する経済の停滞。自殺の激増、虐待の激増、経済・雇用環境の激変、98年はまさしくエポックメイキングな年だったといえる。90年代半ばから始まった雇用環境の不安定さは、普通の人々にどのような心理的トラウマを与えたのだろう。
小泉の登場に熱狂した人々、小泉自身にもどのような心理学的な病理があったのだろう。

サイコパス的な人々は、大変に生きやすく、社会的な地位も得やすくなった。共感能力の欠如はリストラ社会においては得がたい資質となった。
サイコパス的なリーダーの下では、服従実験が示すような権威への盲従と、自己規範の喪失が顕著になる。
それとともに、心理的トラウマが日常的に与えられる。
自らへの嫌悪や憎悪を他人に投影し、過剰に攻撃を加える投影同一視という心理的な防衛機制が過剰に働くかもしれない。トラウマの記憶を切り離し、別の区画に保存して、全体の保護を図るという水密区画化とう防衛機制が働いているかもしれない。そして、ある刺激に、日常的にフラッシュバックが起こり立ちすくんでいる人がいるのかもしれない。

普通と見られている人々に生起する心理的な病理現象にもっと光を当てることが必要ではないのだろうか。

雨宮 処凛さんの著書「生き地獄天国」を読んだだけで、リストカットを止める若者がいるという。自分の心をまず認知することが心の傷を癒すとっかかりだといわれる。

社会的に衝撃を与える犯罪や事件の背景を個人の問題に収斂させて説明することは不可能になっているのではないか。様々な形で表出される自己責任に立脚した「もの騙り」では説明できないことが多すぎるのではないか。

本来じっくりと腰をすえて、社会の問題に取り組み、警鐘を発すべき、学者といわれる大学のセンコも目をそらしている。オーバードクターがごまんといる。非常勤講師という非正規雇用がごまんといる。国立大学の独法化で、金を握った文部科学省の天下り役人が大学を牛耳っている。少子化で大学経営も青息吐息だ。どうやって問題の本質から目をそらすかというところで熾烈な論争に明け暮れる、もしくは理念に固執して実を伴わない議論を声高に叫ぶ。
法科大学院などというものには、なんと現役の裁判官や検事が、どういう小細工か知らないが実務家教授として出向してきて、素晴らしく偏向した授業をしているそうな。

みんなで目をそらしていても、問題は消えてなくなるわけではない。その問題を見据える強さが、この停滞する社会ではすでに失われつつあるのだろうか。

2010年8月 1日 (日)

Strawberry Fields forever 菅 直人に捧ぐ

僕が行くのだから、君達も道連れにさせてもらうよ、苺畑へ
本物など何も無い、うろつきまわっても得る物は何も無い
苺畑では永遠にね

20100616134822e89_3


目をつぶっていたほうが生きるのは簡単さ。君達は見るもの全てを誤解しているのさ
大人物になるのは難しくなってきたけれど、全てうまくいくよ
もう僕にとっては全くどうでも良いけどね

僕が行くのだから、君達も道連れにさせてもらうよ、苺畑へ
本物など何も無い、うろつきまわっても得る物は何も無い
苺畑では永遠にね

僕の木にはもう誰もいないらしい。高いか低いかの違いに過ぎないのにね
だから君達が調子を合わせることができなくても僕はかまわないよ
それほど悪くはないと、僕は思うけどね

僕が行くのだから、君達も道連れにさせてもらうよ、苺畑へ
本物など何も無い、うろつきまわっても得る物は何も無い
苺畑では永遠にね

いつでも、いや時には、それこそが僕だと思いたまえ。でも君達も僕もそんなものは夢だと知っている
僕が「そうだ」と思うことは全て間違っているというけれど、
僕は同意などしないだろうということさ

僕が行くのだから、君達も道連れにさせてもらうよ、苺畑へ
本物など何も無い、うろつきまわっても得る物は何も無い
苺畑では永遠にね
苺畑では永遠にね
苺畑では永遠にね

Let me take you down, 'cause I'm going to Strawberry Fields.
Nothing is real and nothing to get hung about.
Strawberry Fields forever.

Living is easy with eyes closed, misunderstanding all you see.
It's getting hard to be someone but it all works out.
It doesn't matter much to me.

Let me take you down, 'cause I'm going to Strawberry Fields.
Nothing is real and nothing to get hung about.
Strawberry Fields forever.

No one I think is in my tree, I mean it must be high or low.
That is you can't you know tune in but it's all right.
That is I think it's not too bad.

Let me take you down, 'cause I'm going to Strawberry Fields.
Nothing is real and nothing to get hung about.
Strawberry Fields forever.

Always, no sometimes, think it's me, but you know I know and it's a dream.
I think I know I mean a "Yes" but it's all wrong
That is I think I disagree.

Let me take you down, 'cause I'm going to Strawberry Fields.
Nothing is real and nothing to get hung about.
Strawberry Fields forever.
Strawberry Fields forever.
Strawberry Fields forever.

2010年7月31日 (土)

国政をせせら笑い、地方行政を手玉に取ろう。国民が主権を行使できるのは選挙だけだと言った、小沢一郎氏に一泡吹かせてやろう。

賤しい、浅ましい、疎ましい、恥かしい。
市井に生きる一人の凡人として、今の国政にはせせら笑いをするしかない。

嘘をつくな、卑怯なことはするな、弱いものいじめをするな、約束は守れ。

子どもの頃に教わった人としてあるべき基本。
お前ら大人こそがその言葉に反して卑劣な世界を作っていると思い込み、ガッコのセンコにも親にも心を閉ざした思春期、反抗期。様々な書を読み、愛や憎しみ、善や邪悪さ、正義と卑しさについて未熟ながらも、その観念を形づくった。
社会に出て、自らの信念や良心を確認しながら、それをどのように体現すべきなのかを学んできた。法制度の変更、喧伝される言説に翻弄されながらも、絶対に譲れない一線は守ってきた。
それ故、己の信念や良心に忠実な、尊敬すべき人々と出会い、友となり、仲間となった。

国政の卑しさは地方議員に直接的に反映する。市民派を自称し、市民運動から地方議員に成り上がった者が、あっさりと手のひらを返す。人権派を騙る市民運動の幹部が、助成金欲しさ、自らの立候補という卑しい思惑でその議員に擦り寄ってゆく。

議員や役人と言う職種は、最も信頼のおけない、人間として卑しい奴らがなりたがる賤職に成り下がっている。

私的な交友関係は、相手が不誠実であれば切れば良い。仕事上の取引であっても、相手が不誠実であれば切れば良い。そんなものに拘泥している暇は無い。

しかし、公権力はどこまでも纏わりついてくる。法とその運用によって、人としての生き様を捻じ曲げることを強制する。

これからの政治は小泉政権よりも酷くなるだろう。過去には曲がりなりにも、野党という勢力があった。しかし、これからは大政翼賛会となる。
小泉政権では悪政が隠されていた。これからは悪政がむき出しのまま、露骨にあからさまに行われてゆくだろう。
小沢一郎氏待望論もあるが、過度の楽観主義はその後の失望を大きくするだろう。

最悪の事態を想定して、衝撃に備えよ。
どこまでも纏わりついてくる腐臭にまみれた公権力の行使を断ち切ることはできるだろうか。この国に生きる限りそれは不可能だ。
ではその影響力を削ぐことはできるだろうか。

公権力の干渉を抑え、良いとこ取りをする私的自治の領域を構想し、実現のために動き出そう。
それは一企業かもしれない。村の一部の変人集落かもしれない。大規模店の撤退により息を吹き返す機会を得た商店街かもしれない。
面白いことは地域にある。マスコミや役所の監視の目をかいくぐり、尊敬できる人々の、ゆるりとした、しかし、強靭であきらめない活動がある。
金のあるところから、金を引き出し、それを限られた範囲で循環させる。別に非正規雇用が蔓延しているからといって、正規雇用が禁止されているわけではない。全てが、グローバル経済に直結していて、国際競争に巻き込まれているわけではない。巻き込まれたい奴らは勝手にやってれば良いのである。
限界集落を乗っ取り村国家を作ったらどうだろう。国際競争など、どこの世界のことでしょう?というような、ある意味閉じられた経済循環を創り出すというビジネスモデル。

金の無くなったアメリカが露骨なカツアゲを開始し、日本は唯々諾々と従っている。何が思いやり予算だ。金はどんどん巻き上げられ搾り取られてゆくだろう。しかし、奴らが僕達の心まで搾り取れるだろうか。魂を巻き上げることができるだろうか。
見ているだけで反吐の出そうなゾンビの徘徊からちょっと視線をはずし、地域に目を向けよう。まともな人々と語り合って、面白いことをはじめよう。

私的自治のネットを張って、行政に勝手なまねをさせない力を蓄えよう。

小沢一郎氏のいう議会制民主主義の確立には強靭な私的自治の実現力が欠かせない。今の国政の体たらくを見ていてつくづくそう思う。
権力の腐敗にまみれてこちらが腐る必要は無い。そう気づいている人は意外に多い。もっと人と出会い、意気投合して何かを実際にやってみる。その楽しさを知れば、しんどい日常も何とかやり過ごすことができるだろう。ちょっとの一歩が意外な人生の転機になる。ニュースを見ていてもうんざりするだけである。
主権の行使は選挙だけだという小沢一郎氏に一泡吹かせてやろうではないか。

2010年7月30日 (金)

虐待と貧困の拡大再生産。問題の本質から目をそらし続けても、問題は消えて無くなりはしない。負のポジティブ・フィードバックは間違いなく日本を蝕み続けている。

Asahi.com児童虐待、過去最多の4万4千件 09年度の児相対応分
以下抜粋
Tky201007280210

「厚労省は虐待死を防ぐため、望まない妊娠などの悩みに対する相談体制を充実させ、乳幼児健診の受診を呼びかける。」
抜粋終わり

見事に自殺者が3万人を超えた98年から急カーブを描いている。厚労省は見てみぬ振りを決め込むつもりだろうが、多くの人々はとっくに気づいている。虐待の背後には貧困問題が横たわっていることを。

児童相談所から見る子ども虐待と貧困 虐待ハイリスク要因としての家庭の経済的困難
川松 亮 東京都北児童相談所 児童福祉司
「言うまでもなく児童相談所は、子どもに関するあらゆる相談を受け付けているところである。しかし、ほとんどの子どもの問題は、家庭の抱える問題の反映であると感じる、家庭内の葛藤が子どもの成長に様々な形で影響を及ぼしているのだ。そしてよく調べてみると、家庭の抱える問題が、多くの場合に経済的な困難を背景としていることがわかってくるのである。」子どもの貧困白書 P233
「子どもの虐待を減らすためには,家族を巻き込むこのような貧困状況を解消するための対策を講じる必要があると考える。」子どもの貧困白書P236

それとも厚労省の役人は、この学校の管理職のように現象の表層をなぜ回すだけで、問題の本質に気づかない馬鹿ばかりなのか。

「脱線となるが、虐待が社会的問題となっている今日ですら、学校の管理職が「我が校には虐待児など一人もいません」と断言されることがある。
「じゃあこんな子はいませんか。何日も服を替えてこない。風呂にきちんと入っていない。落ち着かなくて、気分のむらが激しい。だれかれかまわずべとべと抱きつくが、ちょっと注意すると切れて大暴れする。暴れた後や、しかられた後、ぼおっとしてしまう。感情のこもっていない人形のような目で人を見つめる。弱いものいじめを繰り返す。給食をがつがつ食べるがちっとも太らない。」
 すると「そんな子はいっぱいいる」と言われるのが常である。「今述べたようなものが虐待児の特徴です」と言うと、驚いて考え込む。」子ども虐待という第四の発達障害 杉山 登志郎著 P39

そして、子どもの将来に襲いかかる現実。
Garbagenews.com「25歳未満の非正規雇用率は72%に急増中、ただし……」2008年11月22日より引用

Gn2008112208



特定非営利活動法人自殺対策支援センターライフリンク 自殺者統計より引用
④男女別・年齢別自殺者数
自殺は、日本人の死因第6位になっています。20~45歳の男性、15歳~35歳の女性においては、死因の第1位です。
日本では、中高年の自殺率が高く、自殺者全体の6割を占めています。
Statistics_age




家庭における貧困と虐待が社会による継続的な虐待と貧困に移行するだけだ。貧困と虐待の連鎖と拡大再生産、負のポジティブ・フィードバックは続いてゆく。

困窮者を支援する活動において、極まれに、重篤な適応障害を抱えている人に遭遇することがある。そこで、精神科医や心理カウンセラーなどの応援が必要となり、僕たちも基本的な知識習得のため勉強会を開いたりする。
そんなかかわりの中で、ある私立大学で学生の相談業務にも携わる先生と懇意にしていただいている。その先生は臨床心理士の資格も持っている。
私立大学に子どもを通学させてやれる家庭は、経済的にも余裕のある家庭であり、その子弟ものびのびと大学生活をエンジョイしているのかと思っていたが、その先生によると、全然そうではないらしい。
例え、父親が正社員であっても、賃金は上がらず、いつ、リストラに遭うかわからない。家庭自体にいつも不安の影があり、それが親からの暴力や過度の支配に繋がる。
学校では、閉じられた関係におけるネットの世界が現実世界に大きな影響を与えているらしい。学校裏サイトがよく問題になるが、なんと、同じような問題が大学にもあるという。今の子どもは小さいときからいじめのトレーニングを重ねている。ネットの世界を利用して現実の人間関係を操作し、破壊することなどお手の物だというのだ。
そして、厳しい就職状況がある。この闘いに負ければ、一生低賃金、不安定な非正規雇用しかないという現実を学生達は過剰に認識している。
心の壊れ方が半端ではない学生などごろごろいるということである。
その先生に言わせると、事後的紛争の解決のため法科大学院を作って弁護士を増やしたり、心理士や学校カウンセラーを増やしても、問題は解決しない。国家が責任を放棄して民間に安くそのケツを拭かせるが目的であり、とんでもない話だということだ。全く同感だ。

何の責任も感じることなく、どうして、こう平然と若者を苛め抜くことができるのだろう。そのつけは必ず払う羽目になる。
心を病む若者がどんどん増える。若者の心の闇がどんどん広がる。
どうしても、スケジュール管理や身の回りの整理、整頓ができない社員がいる。
他人の心理的弱点を巧妙に嗅ぎ分け、支配、操作しようとしてトラブルを撒き散らす社員がいる。
異動や昇進に伴い、過剰適応の末、うつ病になってしまう社員が随分増えた。

虐待として認知される子ども、病的な社会不適応として治療を要する者。しかし、社会的な認知からこぼれ落ち、心に深い傷を抱えながら、未来に絶望して青息吐息で生きている若者は、一体どれほどの数にのぼるのだろう。

ニュースとなる大事件の影で、故意過失も定かではない、責任能力を問えるかも微妙な事件、事故、トラブルがますます増えていくのではないだろうか。

2010年7月29日 (木)

妖怪千葉婆の黄泉がえりと死刑執行。心の死んだゾンビ内閣の空虚な眼差し。自らの良心や信念を殺しても、人は生きてゆけるのだろうか。

人生の積み重ねのなかで、絶対に超えられない一線というものが形作られる。真っ暗闇の中でも進むべき道を指し示す羅針盤が出来上がる。
間違いを犯すこともある。自らに恥じる行いをすることもある。しかし、自らの良心や信念に従い、最後の一線を越えなければ、自分だけが知っている、自分への信頼感が損なわれることは無い。羅針盤に従い行った行為に対して生まれる自尊感情は生きる糧となる。

自らの良心や信念に反する行いは、魂の自殺行為に等しい。

もし僕の妻が脳死状態に至ったとしても、僕は脳死判定を絶対に受け入れないだろう。脳死肯定者から見れば、非科学的、愚かで頑迷な人間と見なされるだろう。しかし、肉親の死に目に遭い、死亡宣告直後の暖かい肌触り、納棺後のぞっとする肌の冷たさ、そのときの冷たさにこそ死を実感してきた者にとって、肌の暖かい、拍動のある肉体が死体であるという、科学的な知見を受け入れることはできない。これは信念の問題である。
まして、経済的な理由や自らの利得のために脳死判定を受け入れることは絶対にできない。たとえ、他に救われる人がいると説得されたり、社会の迷惑だ、利己的だと非難されたとしても。これは良心の問題である。
たとえ、職を辞し、蓄えが尽きて障害年金や生活保護に頼ろうとも、拍動の絶えるまで妻の死を受け入れることはしないだろう。最期を看取ること、それが僕の矜持である。
もし、脳死判定を受け入れるなら、僕は自らの魂を殺すことになる。その後の人生で、僕は間違いなく自死を選ぶと確信している。

僕は、脳死臓器移植と死刑制度廃止はまさしく政治家の良心と信念の問題だと考えている。
私人による殺人。その被害者へのヒステリックな同情。罪人に対する国家による殺人。その制度へのヒステリックな賞賛。
救われない幼子の命に対するヒステリックな同情。私的領域に土足で入り込み、殺人を称揚する新臓器移植法。その制度へのヒステリックな賞賛。
自らが殺人を幇助しているかもしれないという良心の恐れを、死というものに対する個人の信念を、法と権威によって払拭する国家制度。死刑と脳死移植。

その他にも、この社会には自らの良心や信念を捻じ曲げようとする政治力に満ち満ちている。一度、その良心や信念を捨て去れば、それまでの人生の価値が全て失われる。その先は屍としての人生しかない。
その力に抗い、生きる。その力に押しつぶされ、死ぬ。

千葉 景子の人生とは何だったのだろう。自らの信念も良心もかなぐり捨てて、死刑を執行した。晩節を汚すどころではない。今まで積み重ねてきた人生を、自ら、完膚なきまで破壊しつくした。そして、外形上は、恥じることも無く生きている。

すでに魂は死んでいたのだろう。黄泉の国からの生ける屍の招応。落選後の法相留任は、このための、妖怪千葉婆、ゾンビ復活の儀式だったのだろうか。かつては死刑廃止を推進する議員連盟に所属し、アムネスティ議員連盟の事務局長も勤めたという妖怪千葉婆が、自ら死刑を執行することに、ゾンビを操る勢力にとって大きな意味があったのだろう。

政治的信念、政治的良心を失った魂の自殺者たちの徘徊。何者かに操られるゾンビの饗宴。最も重要であるはずの予算、「日本復活枠」をコンテストで決めるという、政治理念の空白。

心の死んだゾンビ内閣の空虚な眼差し。

空恐ろしい異形の世界にようこそ。

2010年7月28日 (水)

「世間一般の常識」と会計管理実務担当者の常識との甚だしい乖離。朝日新聞はせめて売文屋としての本分を思い出したほうが良いのでは。検察審査会をよいしょする提灯記事を哂う。

朝日新聞が「千ページの証拠資料・条文勉強…検察審査会の経験者証言(1/3ページ)2010年7月22日3時1分」という特集記事を出している。
 なぜ、小沢氏に対する議決をした者達を中心にしていないのか。「鳩山氏とは別の政治家を審査した市民」などとぼかした表現を使うのはなぜか。なぜ鳩山なのか。
 当然、検察のお許しが出たケースの取材なのだろう。だから、検察審査会をよいしょする提灯記事しか書けないのだろう。

 いろいろ突っ込みどころがあるが、今日は一点だけ。
以下記事抜粋
「会計責任者の選任と監督の両方の注意を怠った場合にしか政治家の責任を問えない規正法の規定について、「政治家に都合のよい規定だ。監督責任だけで会社の上司が責任を取らされている世間一般の常識に合わない」と、法改正を促す指摘も盛り込んだ。」
抜粋終わり

「監督責任だけで会社の上司が責任を取らされている世間一般の常識」とは会計実務管理者を経験した者との常識に比べれば、とんでもない非常識である。

 会社の会計実務の要諦は、外部に対しては適切なIRを公表すること、そしてより重要なのは国税対策である。
 内部に対しては、売掛金の不良債権化防止と従業員による金銭横領の防止である。
そして、社内の懲罰委員会で処分を受けるのは、会社に実際の金銭的損害を与えた場合であり、それ以外は人事評価で調整が図られるのが一般的だ。少なくとも僕の経験では。それとも、人事評価が刑事処分に匹敵するというのが「世間一般の常識」だとでもいうのだろうか。
 
 会計実務担当者が発生主義に基づく仕訳を行わずに期づれのある処理を行ったとする。会計管理責任者の腕の見せ所はその一つの仕訳の背後に横領の隠蔽、もしくは売掛金未回収の事実の隠蔽が無いかを見破ることだ。
しかし、直接の証拠も無く現実に損害も発生していないのに、期づれのある仕訳を行ったことのみを問題にして、会計担当者を懲罰委員会にかけたりはしない。まして会計管理責任者や箇所統括責任者がその責任を問われて懲罰委員会にかけられることなど絶対に無い。それどころか、その一つのミスをあげつらって担当者の人事考課を不当に低く行うことも、まともな管理者ならばやらないだろう。それが社会人の常識というものである。
会計担当者の横領の事実や売掛金の回収不能が発覚した場合は、それを漫然と見過ごしていた会計管理責任者や箇所統括責任者の責任が問われる。しかし、損害額の多寡、見過ごした場合の管理の態様などをきちんと調べてから、あまりにも酷い場合のみ管理者の責任が懲罰委員会で問われることになる。
もちろん横領の場合はその額が多額で回収の見込みも無く、悪質な場合は当事者の懲戒処分はもとより刑事告発をする場合もある。しかし、ほとんどの場合、外聞を慮って刑事告発をすることは無い。まして、管理責任者が共謀の疑いをかけられ懲罰委員会にかけられたり、刑事告発されたりしたことなど聞いたことが無い。もしありうるとすれば、管理者が担当者に命令を下し、その権限によって強制的にやらせたことを、事実をもって証明しなければ話にならない。疑いだけで管理者や統括者を処分するなど、一般企業での常識からはありえない。

刑事処分というのは随分安易で軽いものなのだろう。一般企業では処分を下すという行為については極めて慎重であり、注意深く事実を探るのが常識である。

会計担当者が期づれの会計仕訳を行った。これを見つけた社内監査委員が鬼の首を取ったように、この裏には絶対に何かがあるに違いないと強弁して担当者のみならず会計責任者、統括責任者を懲罰委員会に引きずり出す。これは、はたから見れば、社内監査委員が何らかの別の思惑をもち、会計責任者や統括責任者を陥れようとしている、と見るのが一般企業に勤める者の常識であろう。

「監督責任だけで会社の上司が責任を取らされている世間一般の常識」とはマスコミが捏造し、会社での管理実務を知らない、会社における「処分」と普通の人事評価の区別もつかない「善良なる市民」が刷り込まれた非常識である。
だいだい、会社で取らされる責任と、刑事責任とを同一視しているところに、刑事司法の原則や憲法理念を全く理解していない「善良なる市民」の面目躍如たるものがある。
マスコミが実務とは遊離した「世間の常識」をでっち上げる。この捏造された「世間の常識」を無批判に鵜呑みにするのが「善良なる市民」。その「善良なる市民」から、一般企業の常識、本当の世間常識から遊離した高給エリート記者が、捏造された「世間の常識」を取材してそれを記事にする。世間の常識からは隔絶したマスコミの非「常識」が、ぐるぐる回り、恥ずかしげも無く、醜い円舞曲を踊っているわけである。

それとも、事実の確認もせずに懲罰を乱発するほどに今の企業社会は腐ってしまっているのか。首切りのために懲戒事実をでっち上げて処分を乱発しているのか。もしそれが実態だとしたら、その実態こそが問題にされるべきであろう。にもかかわらず、その実態に合わせて政治家への刑罰権発動を容認するならば、まさに、今の日本は無法、無秩序の非常識な世界だといわざるを得ない。

しかし、朝日新聞もとことん落ちたものだ。

 高校時代に現代国語の先生が
「朝日新聞の天声人語を毎日200字にまとめて持ってくれば添削してあげる。半年も続ければすごく力がつくよ」
 と言ったので、愚直にその言葉を真に受け半年続けたら本当に現国の成績は見る見るあがった。
 毎日続けることができたのは、天使人語の内容が面白かったからだ。思春期の反抗期に諧謔や皮肉を交えた体制批判のコラムはなかなか刺激的だった覚えがある。
 社会人になってからもすぐに朝日新聞は購読した。転勤のたびにすぐに朝日新聞の販売店に購読を申し込んだ。

 そして、昨年、二十数年、高校、大学時代を入れれば三十年近く続いた朝日新聞の購読を止めた。

 小泉政権下でも何とか我慢していたが、政権交代後、少しはましになるかとの期待も見事に裏切られたわけだ。

僕は「善良なる市民」であることを止めた。

 新聞社の販売アイテムは一つだけだ。従ってこの商品に対する顧客のロイヤルティーは、少なくとも、数年から十数年のスパンにおける継続率で測るべきだろう。パレートの法則を商売の経験則に応用?した二八(にっぱち)の原理で分析するとどうなるだろうか。その期間における、販売店経由で定期購読している読者の販売総額。その8割は2割の長期継続読者によって支えられているかもしれない。まあ、旧態依然の販売店制度をとり、押し紙までやっている可能性があるのだから、そんな顧客データを完備しているとは到底思えないが。
 
僕自身はかなりロイヤルティーの高い優良顧客だったはずだ。しかし、朝日新聞のマーケティングはその有力顧客を切り捨てたわけである。
「ビジネスにおいて、売上の8割は全顧客の2割が生み出している。よって売上を伸ばすには顧客全員を対象としたサービスを行うよりも、2割の顧客に的を絞ったサービスを行う方が効率的である。」(ウイキペディア パレートの法則参照)という二八(にっぱち)の原理の真逆を行き、優良顧客2割のかなりの部分を失ったのではないのか。

ロイヤルティーの高い優良顧客をないがしろにし、新たな顧客層に参入しようとしても、読売、産経がその読者層をしっかりと押さえている。結局、優良顧客離れを起こす記事編集によって、新たな顧客を獲得することもできず、事業ドメインは茫洋として「Vの谷間」に落ち込むことになる。典型的な企業没落の道筋である。
広告費を出すスポンサー企業の思惑に従ったのか。しかし、購読部数を減らせば、足元を見られてもっと広告費は叩かれる。随分とお人好しな経営戦略だ。

そして、その結果が2年連続の赤字転落に現れている。対策としては正社員給与の削減、非正規雇用の拡大、経費の削減、印刷業者、輸送業者、販売店たたきという、リストラ路線だろう。どんどん企業の活力は失われてゆく。

検察審査会を無批判におだて挙げる社説および、その社説や検察審査会に阿るような提灯記事はまさに傑作である。
論説委員だか編集委員だかよく知らないが、売文屋としての役割は売れる商品を造ることであろう。その売文屋どもが、その自らの商品づくりにおいても無能であり、売れる紙面を編集し経営に寄与するという場面においても役立たずということが如実に現れている。せめて社説くらい署名記事にしたらどうか。恥ずかしすぎてできないのか。
 別に社会の木鐸たれとか、ジャーナリズム精神を忘れるな、などという法外な高望みなどはもうしない。せめて、売文屋どもは、まともな商売人として、そこらの書店でマーケティングの入門書でも買って勉強してはいかがか。せめて、「この商品が売れないのは消費者が馬鹿だからだ」と嘯いてふんぞり返っている、間抜けな己の非常識を認識し、世間の常識に沿った売文に精を出してはどうか。売文屋の本分に戻れば、捏造された非常識を社会に垂れ流す害毒も少しは軽減されると思うのだが。

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

2013年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近の記事

国民の生活が第一

マガジン9条

無料ブログはココログ